インドの神秘家OSHOからサンギート・アタサという名前をもらいました。サンギートはインドの言葉で「音楽」、アタサは「魂」という意味です。
「音楽の魂」から、私の内なる旅が始まりました。
シタールsitar
リュート系弦楽楽器の一種で、北インドの代表的な撥弦楽器。一見タンブールに似ているが、大型・中型・女性用など少しずつ大きさが異なる。標準的な慨寸は、棹の長さ90センチメートル弱、棹幅7〜8センチ。フレット数は約20(16〜22まである)。フレットのシンチュウ製または銀製で弓状に湾曲しており、これをガット線か絹糸で棹の裏側から縛り付ける。したがってその位置は移動可能で、ラーガによって調節する。胴はふくべのような堅果の半割(またはそのような形の木彫り)に響版を張る。金属弦7本。最近では響きを豊かにするため多くの共鳴弦を加えたり、ヴィーナーのようにもう一つのふくべを補助共鳴器として、棹の端の部分に付けたりもする。
演奏の際は、左手指にヤシ油をつけ、中指と人差し指でフレットの上を上下、または左右に動かし、弦の上をすばやく滑らせる。右手は、楽器を腕で安定させ、親指は胴の縁につけ、人差し指に針金製の爪(ミズラーブという)をつけて弦を掻く。
シタールは、北インドの大音楽家アミール・ホスローが14世紀初めごろペルシアのセタール(語の原義は「3弦」)を手元にして考案したといわれる。インドのヴィーナーにも3弦のものがあって、セタールと結びついたとも考えられる。シタールは、ラビ、シャンカールによって世界的に知られるようになり、ジャズやロックになどにも影響を与え、種々の音楽の分野で利用されている。
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サンギート=アタサのプロフィール
1957年 高知県中村市(現在 四万十川で有名)で生まれる。本名「森岡啓純(ひろずみ)」幼少時、ピアノを学ぶ。
1978年 東洋大学印度哲学科入学、ギターを中心に活動する。
1980年 大学2年の時、インドを半年間旅行しインド古典音楽に出会い、シタールを学び始める。
1982年 大学卒業後、再度インドへそして、アジア、ヨーロッパ、アメリカと2年間旅行し、様々な場所でギターで演奏活動に入る。旅の途上、インド・ヴェナレス市(インド音楽の中心地)でヒンドゥ大学の音楽講師から半年間インド古典奏法を学ぶ。
1985年 インド音楽と瞑想からの独自のメディテーション・ミュージックを創造する。
1988年 インド・プーナ市のアシュラムで世界各国の音楽、ミュージシャンと共に演奏する。
1989年 日本各地で音楽活動を始める。日本の魂と西洋音楽・東洋音楽を融合し、瞑想を基本としたセレブレーション・ミュージックを創り、魂を入れた音楽を新しく創造して行く。1990年 9月24日 伊勢シティ・プラザでコンサートを開く。シタールをベースとしてギター、シンセサイザー、パーカッションとの合体で、独自の音を切り開く。大阪、神戸などでライヴ演奏を展開。
1991年 さらに新しい音楽の分野にチャレンジし作曲する。世界初の三味線とシタールの合同演奏など、創作活動を展開。
1992年 三重県伊勢市に在住し、音楽活動と共に心身魂の健康のやすらぎの為の音楽を創造し始める。
1993年 インド・プーナ市と伊勢市を往復しながら、新しいヒーリングミュージックを創作する。
1994年 インドに9ヶ月日本に3ヶ月の割合で音楽活動を続け、ペルシャ音楽サンバ等、形にとらわれない音楽を創造していく。
1995年 インドのシタールのマスター、ウスタド:ウシュマカーンに再度師事しさらなるシタールの修行に励む。
1996年 日本の拠点を故郷中村に移し、創造活動を始める。
1996年 西土佐ふれあいホールでコンサートを行う
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